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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)157号 判決 1969年4月21日

原告

富田都史子

被告

日停モータース株式会社

主文

被告は原告に対し金一三二万円およびこれに対する昭和四三年一月二〇日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一、被告は原告に対し金六〇六万六一二一円およびこれに対する昭和四三年一月二〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四一年一〇月二七日午後七時二〇分頃

(二)  発生地 東京都練馬区旭町五六四番地先路上

(三)  被告車 普通乗用自動車(練五あ八〇九九号)

運転者 訴外桝田勇

(四)  被害者 原告(歩行中)

(五)  態様 横断歩行中の原告に被告車が衝突

(六)  被害者原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。

頭部外傷(単純型)頸椎症候群、腰部打撲、歯槽骨々折後の三又神経痛で、事故当日から昭和四一年一一月一八日まで国立埼玉病院に入院し、同月二八日から東京医科歯科大学附属病院に通院している。

(七)  また、その後遺症は次のとおりであつて、これは、自賠法施行令別表等級の九級に相当する。

右上肢痛、頸部痛、後頭部痛、右上肢のしびれ感、両側耳鳴、記銘力の低下

二、(責任原因)

被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(一)  治療費等

治療費は被告から支払を受けているので、請求しない。

(二)  休業損害

原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ一〇九万一三五〇円の損害を蒙つた。

(休業期間)

事故の翌日である昭和四一年一〇月二八日から昭和四二年一一月末までの一三ケ月間。

(事故時の月収)

八万三九五〇円(原告は昭和四一年九月一日より自動車で衣料品販売業を始めたが、事故当日までの売上高は七二万二六三五円であり、その間の仕入高は六五万五八〇三円で事故当日の棚卸高は二三万二九一五円、したがつて売上総利益は二九万九七四七円である。右売上総利益より諸経費((ガソリン代三万円、運転手代二ケ月分一〇万円、自動車償却費一万円))を減じた純益は一五万九七四七円で、四七日間の一日純益は三三九八円である。よつて一ヶ月二五日働くものとして一ヶ月の純益は八万三九五〇円となる)。

(三)  逸失利益

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は一八七万四七七一円と算定される。

(事故時)二七歳

(稼働予定年数)二年

(収益)一ケ月純益八万三九五〇円

(年五分の中間利息控除)ホフマン式計算による。

(四)  後遺症補償

原告は前記後遺症により労働能力を三五%喪失し、原告の平均余命は四八・八三年であり家事労働を一日一〇〇〇円に評価すると逸失利益総額は八〇万円を下らない。

(五)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み二〇〇万円が相当である。

すなわち、原告は、事故前は健康で明朗な二七歳の若妻であつたが、事故により家事も満足にできず、夫との関係も、幸い二人の間に女児を得ているから破綻なく進行しているような状態である。昭和四二年六月八日、外傷の為分娩不可能と診断されてやむなく姙娠中絶手術を受けたのである。しかも、被告は事故直後から誠意ある態度を見せていない。

(六)  弁護士費用

以上により、原告は五七六万六一二一円

を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、原告は三〇万円を成功報酬として支払うことを約した。

四、(結論)

よつて、被告に対し、原告は六〇六万六一二一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一月二〇日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(六)は認める。(七)は争う。

第二項は認める。

第三項中(一)の治療費の支払については、抗弁(二)で主張する。

第三項中、(二)(三)は争う。原告の夫は、もと自動車運転者として運輸会社に勤務していたところ、夫が都合で退職したために原告が夫に自家用自動車を運転させて衣料品の出張販売を営むに至つたというのであるから、夫が再就職するならば、原告は衣料品の出張販売を廃止せざるを得なかつたもので、休業期間、逸失利益等算定期間を原告主張どおり認めることはできない。又、原告は事故時までは僅か五七日間(原告が四七日とするのは計算上の誤りである)出張販売を行なつたに過ぎず、開業当初においては原告の知人や縁故者が義理合上衣料品を買うので比較的営業成績が上るけれども、時日の経過と共に営業成績は低下するものである。(四)(五)は争う。(六)は不知。

二、(事故態様に関する主張)

原告は、横断歩道の歩行者専用信号機が未だ赤色で、道路の横断を始めてはならないのに、右方から進行して来た訴外桝田の運転する被告車に注意しないで、小走りに歩道から横断歩道にとび出し、歩道の端から三・八米の地点で被告車の右前部に接触したものである。

(一)  過失相殺

右のとおりであつて事故発生については被害者原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(二)  損害の填補

被告は本件事故発生後、昭和四二年一一月までの診療費一八万六六六三円(国立埼玉病院四万四三三九円、東京医科歯科大学附属病院一四万二三二四円)、通院交通費・通信費として二万二二五五円を支払い、同年五月までに一万九一七七円相当の牛乳を提供してその代金を出捐し、その他に、将来の治療費概算として昭和四三年六月二五日二万円、同年九月七日二万円、同年一二月九日二万円を支払い、昭和四二年二月六日七一〇〇円の腰椎用装具軟性コルセットを買い受け、これを原告に提供し、更に昭和四三年八月一三日武笠歯科医院に対し治療費の半額として二二万三三五〇円を取り敢えず支払い、原告は歯の治療を開始した。治療完了の際、残額は支払う所存である。なお休業補償費および慰藉料の内金として昭和四一年一一月一八日二万円、同四二年二月六日二万円計四万円の支払いをしたので、右四万円は控除さるべきである。また、原告は、昭和四二年一二月二八日、訴外日動火災海上保険株式会社から、自賠法一七条の仮渡金として金一〇万円を受領しているので、右金額も控除さるべきである。

第五抗弁事実に対する原告

(一)  原告の過失は否認する。原告は歩行者専用信号機の青色信号に従つて横断中であつた。

(二)  治療費の支払については、昭和四二年一一月までの治療については同月分の一九七〇円の支払を受けたことを否認し、その余は認める。休業補償費と慰藉料の一部として昭和四一年一一月一八日二万円、一二月六日二万円を受領したことならびに訴外日動火災海上保険株式会社から仮渡金一〇万円を受領したことは認める。

第六証拠関係〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項(一)ないし(六)は当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば同(七)の事実が認められる。

二、(責任原因)

請求原因第二項は当事者間に争がない。

三、(過失割合)

〔証拠略〕によれば、本件事故現場附近の道路状況は、本件交差点より南方池袋方面への道路は車道の幅員一六・六米で両側に四米の歩道があり、交差点より西北方朝霞方面への道路は車道の幅員一四・九米で両側に四米の歩道があり、交差点より北方大玉町方面への道路は車道の幅員も狭く歩道は東側だけにあること、朝霞方面への道路には横断歩道があり、その横断道路の歩行者専用の信号機(以下C信号と略称)があり、朝霞方面への車に対する信号機(以下B信号と略称)、主として大玉町方面への車に対する信号機(以下A信号と略称)との関係は、A信号の青色が消え黄色になると間もなく青矢印が出て朝霞方面への進行が可能となり、青矢印はそのままで黄色が赤色に変りその後青矢印が消えて赤色のみとなるが、朝霞方面への青矢印が消え赤色のみとなつたとき、B信号は黄色、C信号は赤色を示し、B信号の黄は四秒間で、その後C信号は二〇秒間青色を示すことが認められ、乙第四号証の三の中で、C信号の証明として「3 B信号が黄色のときC信号は黄色で間もなく青にかわる」とあるのは誤りで、正しくは……C信号は赤色で間もなく青にかわる」と説明されるべきである。ところで、原告はC信号が青になつたのを確認してから横断を始めた旨主張し、原告本人尋問においてもこれに添う供述をしており、特に「私は警察で取調を受けましたが、そのとき『黄になり青になつて進んだ』と供述したことはありません。赤から青になつたのは覚えていますが、黄から青になつたことは知りません」と述べているが、〔証拠略〕によれば、原告は司法警察員に対してのみならず検察官に対しても赤から黄に変わり次いで青になつた旨供述していることが認められ、右の原告本人尋問の結果は俄かに措信し難く、証人富田忠は原告代理人の主尋問に対しては「信号が青になつて家内が横断歩道を渡りはじめた時桝田運転の車にはねられたのです」と述べたにも拘らず、被告代理人の反対尋問に対しては「私は本件事故直前、家内が歩道に出る瞬間にCの信号が青だつたかどうかは確認していません。」と述べており、本件全証拠によつても、原告がC信号が青信号になつたのを確認したうえで横断を開始したものとは認められず、〔証拠略〕によれば、訴外桝田は被告車を運転して池袋方面から北進して本件交差点にさしかかる際時速四七ないし四八粁から約四〇粁に減速し、A信号が赤で左折可能の青矢印を示していたので左折しようとして進行中、本件事故のあつた横断歩道の約一三米手前でA信号の青矢印が消えたため早く交差点から出ようとしたところ、横断歩道の約八・五米手前において南西側の歩道から小走りに横断歩道へ出た原告を発見して急制動をかけたが間に合わず、横断歩道上、車道の南西側から約三・八米中央寄りの地点で原告に衝突したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。したがつて、時速約四〇粁であれば秒速約一一・一米であるから、訴外桝田がA信号の青矢印が消えて赤のみとなつたのを見てから原告が横断歩道へ小走りに出たのを発見するまでの距離は約四・五米で時間は二分の一秒弱ということになり、原告が横断歩道へ出たときはC信号は赤、B信号は黄であつたものと認められる。

以上の諸事実を総合すると、原告には赤信号を無視し右方の安全を確認しなかつた過失があり、訴外桝田には、A信号の青矢印があつても既に赤になつていた際に、間もなくB信号が赤になることを予期して減速徐行し、横断歩道上の歩行者の通行を妨げないで進行すべき業務上の注意義務があるのに早く交差点外へ出ることのみに気を奪われて時速約四〇粁の速度のまま進行した過失が認められ、両者の過失割合は原告六対訴外桝田四を以て相当と認める。

四、(損害)

(一)  休業損害

〔証拠略〕によれば、原告は昭和四一年九月一日より自動車で出張による衣料品販売業を始めたが、事故当日までの五七日間に四七日右販売業に従事し、原告主張どおり一日当り三三九八円の純利益をあげたことが認められ、一ケ月二五日稼働するとして一ケ月の純利益は八万三九五〇円と認められるが、右期間は二ケ月足らずの極めて短かい期間であり、しかも原告の販売方式も店舗をかまえているのではなく出張販売形態であるから、その後も同程度の利益をあげ続けるものとは認められず、その後の逸失利益の算定に当つては、原告の一ケ月の純益はその約六割の五万円を基準とするのが相当である。

したがつて、事故翌日から原告が治療のために休業した昭和四二年一一月末までの一三ケ月間の休業損害は、六五万円となる。

(二)  逸失利益

原告は、逸失利益と後遺症補償とを区別してそれぞれ別の計算に基いて請求しているが、当裁判所は原告主張の逸失利益と後遺症補償とを併せて逸失利益として考慮する。蓋し原告主張の後遺症補償の請求の内容は逸失利益の請求で計算の基礎として家事労働の価値を評価した点で、前記衣料品販売による利益を計算の基礎とした逸失利益と区別しただけであるからである。

ところで、原告の後遺症は前記のように、請求原因第一項(七)のとおりであつて、いわゆるむち打ち損傷であり、後遺症の程度が自賠法施行令別表等級の九級(昭和四二年政令二〇三号による改正後の等級)であることに鑑み、労働能力低下による逸失利益の補償期間としては八年間を以て相当と認め、労働能力喪失率は労働基準監督局長通牒(昭三二・七・二基発五五二号)に従い、三五%として、原告の逸失利益を計算すると、一三八万円となる。50,000円(月収)×12×0.35×6.5886(8年のホフマン式係数)≒138万円

(三)  過失相殺

以上により、原告の財産上の損害は二〇三万円となるが、原告の前記過失割合を考慮すると、そのうち被告に賠償せしめるべき金額は八一万円が相当である。

(四)  慰藉料

本件事故後、被告が昭和四二年一一月までの診療費として一八万六六六三円を支払つていることは当事者間に争がなく、その他に〔証拠略〕によれば通院交通費・通信費等として被告は原告に二万二二五五円を支払つていることが認められ、〔証拠略〕によれば被告は原告に対し一万九五二七円相当の牛乳を提供したことが認められ、〔証拠略〕によれば将来の治療費概算として被告は原告に対し昭和四三年六月二五日二万円、同年九月七日二万円(銀行振込)を支払つたことが認められ、〔証拠略〕によれば、昭和四二年二月六日被告は腰椎用装具軟性コルセットを七一〇〇円で購入してこれを原告に提供したことが認められ、〔証拠略〕によれば、被告は昭和四三年八月一三日武笠歯科に原告の治療費の半金として二二万三三五〇円を支払つたことが認められ、〔証拠略〕によれば被告は原告のためにタクシー代八四〇円を支払つていることが認められる。以上のように被告は治療費等として既に約五〇万円を支払つていることになる。ところで、前記過失割合を考慮すれば、被告が支払うべき治療費はその四割に過ぎないこと、その反面、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故のため分娩不可能となり昭和四二年六月八日妊娠中絶手術のやむなきに至つたことが認められ、右の如き事実並びに本件事故の態様、殊に原告と訴外桝田の過失割合、傷害の部位程度等諸般の事情を考慮すると、原告の精神苦痛を慰藉すべき額としては、五〇万円が相当である。

(五)  損害の填補

被告が原告に対し、休業補償費および慰藉料として昭和四一年一一月一八日二万円、同四二年二月六日二万円計四万円を支払つたこと、訴外日動火災保険株式会社が一〇万円の仮払をしていることは、いずれも当事者間に争いがない。

(六)  弁護士費用

以上により、原告は(三)(四)の合計一三一万円から(五)の一四万円を控除した一一七万円を被告に対して請求しうるものであるところ、弁論の全趣旨によれば、被告が任意の弁済に応じないので原告は弁護士たる原告代理人に本件訴訟の提起と追行を委任したことが認められ、本件訴訟の経緯、訴訟活動等諸般の事情に鑑み、被告に賠償をさせるべき弁護士費用は一五万円が相当である。

五、(結論)

よつて、原告の本訴請求は主文の限度で認容した。訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用した。

(裁判官 篠田省二)

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